日本アメリカンフットボール75周年記念事業 ノートルダム・ジャパン・ボウル2009
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日本アメリカンフットボール75周年記念事業 ノートルダム・ジャパン・ボウル2009

FOOTBALL LEGENDS TOKYO DOME SATURDAY 7.25,2009 AMERICAN FOOTBALL JAPAN NATIONAL TEAM

ノートルダムファイティングアイリッシュレジェンズ

レジェンズについて


ノートルダムの知将ルー・ホルツ監督の呼びかけのもとに集まった、名門ノートルダム大が誇る実力派OBプレイヤー達。クリス・ゾーリッチ、ティム・ブラウン、レジー・ブルックスなど早々たる名プレイヤー達をコーチ陣に迎え、伝説のチームが海を越え、7月25日、東京ドームにやってくる。



スタッフ

ヘッドコーチ:ルー・ホルツ(Lou Holtz)

ケント州立大学でラインバッカーとしてプレーした後に、1969年にウイリアム&メアリ大学でヘッドコーチ就任。72年からノースキャロライナ州立大学、77年からアーカンソー大学、84年からミネソタ大学と渡り歩き、この間14年間に116勝65敗5分、ボウルゲーム出場12度(6勝4敗1分)の戦績を評価されてノートルダム大学の第25代ヘッドコーチとして迎えられた。 ノートルダム大学での11シーズンは100勝30敗2分、9度のボウル出場(5勝4敗)。1987年には同大史上7人目となるハイズマン杯WRティム・ブラウンを育て上げ、翌年全米優勝と輝かしい“ホルツ・エラ”を築き上げた。1977年、1988年に全米最優秀コーチ。1972年、2000年は所属カンファレンスのコーチ・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。全米大学オールスター戦のジャパンボウルでは、3度の来日経験がある。 今2008年5月1日にカレッジ名誉の殿堂入りが決まり、同大48人目、コーチとしては6人目のホール・オブ・フェイマーとなった。 コーチ引退後はCBSスポーツのカレッジフットボール・アナリストとなり、現在はスポーツ専門チャンネルESPNでカレッジフットボール・スタジオアナリストを務めている。

守備コーチ/LBコーチ: ゲーリー・ダーネル(Gary Darnell)

オクラホマ州立大でLBとして活躍し、大学最終学年時の1969年にはオールビッグ8(現ビッグ12)選出。同大卒業後に母校でコーチ見習いを始め、71年にLBコーチ就任して以来、4校でのヘッドコーチ(内2校は暫定)経験を含め、一貫してカレッジ界で守備畑一色の37シーズンを過ごした。ボウルゲーム経験は12回に及ぶ。  ノートルダム大には90〜91年の2シーズンにホルツコーチのスタッフとして参加し、それぞれオレンジボウル、シュガーボウル出場にチームを牽引。92年からは07年ワールドカップ川崎大会でチームUSAを率いたジョン・マコヴィックHC率いるテキサス大スタッフに参加した経歴を持っている。1948年10月15日、アーカンソー州ウォルドロン生まれ、60歳。

ヘッドコーチ補佐/DBコーチ: ビル・ルイス(Bill Lewis)

東ストラウズバーグ大(ペンシルバニア州)でQBとして活躍。卒業後、母校アシスタントを経て、66年に名門ピッツバーグ大守備バックコーチに就任以来、昨07年にコーチ業から引退するまで、守備バックのスペシャリストとして手腕を発揮してきた。  この間、ワイオミング大、東カロライナ大、ジョージア工科大でヘッドコーチ経験を含めて、カレッジ・コーチとして35シーズンで15ボウル出場。96〜04年の9シーズンには、プロフットNFLのマイアミ・ドルフィンズの守備バックを率いた実力者として知られている。ビンス・ドゥーリー・ヘッドコーチ体制下のジョージア大時代の80年には、全米優勝を経験(シュガーボウル 対ノートルダム)。このジョージア大時代の9シーズンには、7名のオールアメリカンを含む、23名のオールカンファレンス守備バックを育て上げた。  ノートルダム大スタッフには05年より参加し、07年シーズンを最後に勇退。05年フィエスタボウルに出場して全米9位、06年シュガーボウル出場して11位とチームを牽引し、このチームからは今春のNFLドラフトでSFトム・ズビコウスキがボルチモア・レイバンズに指名を受けた。  今季からはノートルダム大体育局直下のコミュニティ・リレーション・スタッフに就任。1941年8月5日、ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ、67歳。

RBコーチ: レジー・ブルックス(Reggie Brooks)

最終学年となった92年に1372ヤード(同大史上3位)、平均7.6ヤード(同大1位)のラッシング記録をマークして、全米大学最優秀選手賞のハイズマン杯投票で5位(同年受賞者はジーノ・トレッタ:マイアミ大QB)となる実績で、93年NFLドラフト2巡(全体45位)指名でワシントン入り。そのルーキー・イヤーに1063ヤードを走る活躍で脚光を浴びた。96年にNFLキャリヤーを終えて、現在はノートルダム大学のモノグラム・クラブ、フットボール卒業生クラブのマネージャーを務めている。

DLコーチ: クリス・ゾーリッチ(Chris Zorich)

90年に全米最優秀守備ラインに贈られるロンバルディ賞を受賞し、91年NFLドラフトでシカゴに2巡(全体49位)指名を受けて6シーズンにわたってベアーズ守備の最前線で活躍。97年にワシントン・レッドスキンズに移籍し、通算284タックル、16.5サックを記録してプロフット・キャリアを終えた。93年にはプロボウル出場の実績を持つ。在学時に米文学学士修了し、02年に同大ロー・スクールで再び学位を取得した後に出身地のシカゴ地区を中心にした社会奉仕事業を展開しながら、モーティベーショナル・スピーカーとして活躍。07年にカレッジフットボール名誉の殿堂入りを果たし、今季からはノートルダム大学体育局で学生による福祉事業プログラムの主任に任命されている。

OLコーチ: トニー・イェロヴィッチ


WRコーチ: ティム・ブラウン(Tim Brown)


アシスタント・コーチ/オペレーション: ビル・レーガン(Bill Reagan)


アシスタント・コーチ: 河田 剛


プロデューサー: パトリック・スティーンバージ(Patrick Steenberge)


イベント・コーディネーター: ジェニー・フィリップス(Jennie Phillips)


エキップメント・マネージャー: ビル・ペック(Bill Peck)

エキップメント・マネージャー: ケン・ハフィー(Ken Haffey)

マネージャー: ジム・ファーロング(Jim Furlong)

トレーナー: ケビン・リックス(Kevin Ricks)

ドクター: マイク・エーグラー(Mike Yergler)

ドクター: リチャード・ジェイコブス(Richard Jacobs)

モノグラムクラブ会長: ジョー・レスティック(Joe Restic)

メディア・リレーション: マイク・プレストン(Mike Preston)


ロスター オフェンス


























ジェレミー・エイカーズ(Jeremy Akers)

ポジション:オフェンスガード(OG)
在学期間: 1993~1996年
ノートルダム大学のオールアメリカン・オフェンスガード。4年時のシーズンではオフェンスラインの柱となり、チームの1試合平均270ヤードラッシュ獲得に貢献。卒業後は、1997年、1998年にアトランタ・ファルコンズの練習生となり、リリース後の1999年は、NFLヨーロッパのライン・ファイヤーに在籍。ライン・ファイヤーでは1シーズンプレーし、2000年にはオークランド・レイダースと契約を交わした。2001年の春には、XFLのオーランド・レイジにドラフト指名を受けた。現在は、さまざまな企業を投資家へ紹介する仕事をしている。また、ビデオゲームのコマーシャルやモーションキャプチャも手掛けている。プロバレーボール選手であるアンジー・エイカーズと結婚しており、財団法人を設立してプロのスポーツ選手と軍人達との交流を図っている(www.AngieAkers.com)。また、NFL引退選手組合のロサンゼルス支部で、統括責任者として2年間の任期を終え、現在は会計を担当している。
トーマス・ビメンダーファー(Thomas Bemenderfer)

ポジション:センター(C)
在学期間: 2006~2008年
2006年にノースウエスタン大学から転入。2007、2008年にはウォークオン選手としてセンターを務め、オフェンスライン層に厚みが増した。2007年にはラインマンの控えとして全12試合出場し、スペシャルチームでは41回出場した。インディアナ州ミシャウォーカのペン高校出身で、ディフェンスタックルとしてインディアナ州のベストプレーヤー14番目、全米74番目にランクされた。また、全学生から高い評価を受け、献身的だと認められた生徒に贈られるペン高校のキングスメン・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
ジェームズ・ベント(James Bent)

ポジション:オフェンスライン(OL)
在学期間:2002~2005年
練習熱心なオフェンスライン。ファイティング・アイリッシュでは主にスカウトチームだったが、2005年のレギュラーシーズンでは試合出場を果たした。インディアナ州のミシャウォーカ高校出身。現在はシカゴ在住で、E&Jガロワイナリーの販売業者との取引に従事しており、シカゴランド地域にいる小売顧客の半分を対象とする地区責任者である。また、キリスト教青少年福祉プログラム(GRIP)にも携わっている。シカゴ・スポーツ&ソーシャルクラブのフラッグフットボールリーグに加盟するチームのメンバーで、過去3年連続優勝している。
ボビー・ブラウン(Bobby Brown)

ポジション:ワイドレシーバー(WR)
在学期間: 1996~1999年
ファイティング・アイリッシュでは、ワイドレシーバーとして3年間スターターで出場し、1997年には45キャッチ、6タッチダウンパスキャッチでチームを率いた。ウエストバージニア大学戦では、勝利を決めるタッチダウンを奪い、1998年には、平均パスキャッチ獲得ヤードで22ヤードを記録し、ファイティング・アイリッシュ全レシーバーの中でもトップの成績でシーズンを終えた。また翌年には、ノートルダム大学で最も結果を残したレシーバーと評価される。その後、ドラフト外FA選手としてグリーンベイ・パッカーズと契約を結ぶ。プレシーズンゲームでは、7本のパスキャッチを成功させ、70ヤード獲得した。クリーブランド・ブラウンズで1シーズンプレーし、2本のパスキャッチで14ヤード獲得した。
ゲイリー・ゴドシー(Gary Godsey)

ポジション:タイトエンド(TE)/クォーターバック(QB)
在学期間: 1999~2003年
ノートルダム大学では、2000年にクォーターバックとしてプレーを始める。対パデュー大学のデビュー戦を勝利で飾った。2001年にはタイトエンドに転向し、2002年、2003年のシーズンはスターターとしてタイトエンドでプレーした。2002年、16回のキャッチ成功、155ヤード獲得。現在は、Stauback Co.の共同経営者を務め、商業用不動産仲介の責任者である。
クリス・へインズ(Kris Haines)

ポジション:ワイドレシーバー(WR)
在学期間: 1975~1978年
1978年、32本のパスキャッチを成功(そのほとんどがスター選手QB、ジョー・モンタナからのパス)、699ヤードを獲得した記録を保持するレシーバー。南カリフォルニア大学戦では9本のパスキャッチを成功させ、自己記録の179ヤードを達成した。また、同年の4年時には、ピッツバーグ大学、空軍士官学校、海軍士官学校、ジョージア工科大学、南カリフォルニア大学戦でタッチダウンパスを成功させ、平均パスキャッチ獲得ヤードで20.3ヤードを記録してチームを導いた。学生最後のカレッジボウルである1979年のコットンボウルでは、残り12分の時点で22点リードされていたにも関わらず、試合終了間際にモンタナからのタッチダウンパスをキャッチして35対34でヒューストン大学を制し、見事な逆転勝利で締めくくった。またこの試合では、4本のパスキャッチで31ヤードを獲得し、1本のタッチダウンパスを成功させている。3年時のパデュー大学戦では、5本のパスキャッチで120ヤードを獲得。このシーズンでは、28本のパスキャッチを成功させて587ヤードを獲得し、平均パスキャッチ獲得ヤードを20.5ヤードとした。またコットンボウルでは、ランキング1位で無敗のテキサス大学を制し(2本のパスキャッチ成功、29ヤード獲得)、ノートルダム大学が全米1位を獲得するのに貢献。2年時には、ゲイターボウルでペンシルベニア州立大学を制したチームのメンバーとしてプレーした。8勝3敗のシーズン結果だった1975年、9勝3敗で12位にランキングした1976年、11勝1敗で全米1位に輝いた1977年、9勝3敗で7位にランキングした1978年のチームメンバー。2年、3年時には、春季練習で活躍したレシーバーとしてへーリング賞を受賞。経営学部を卒業し、現在はイリノイ州シカゴ在住。
ジェイ・ジョンソン(Jay Johnson)

ポジション:ワイドレシーバー(WR)
在学期間: 1996~2000年
ノートルダム大学ではワイドレシーバーを務め、数多くの見事なキャッチを成功させた。1998年には、勝敗を左右するフォースダウンパスをキャッチしてパデュー大学戦におけるチームの勝利を導き、1999年には、勝利を決めるタッチダウンパスをジャリアス・ジャクソンからキャッチして海軍士官学校を下した。2001年の海軍士官学校戦では、ゲイリー・ゴドシーから46ヤードタッチダウンパスを成功させて自身が持つ最長記録を残し、チームに勝利をもたらした。
J・W・ジョーダン(J.W. Jordan)

ポジション:オフェンスガード(OG)
在学期間:1998~2001年
1998年から2001年まで、センターおよびガードとして活躍。レギュラーシーズンでは11試合に出場。センターからガードに転向し、4年時には7試合でプレーした。テキサス農工大、海軍士官学校、空軍士官学校、ニュージャージー州立大学戦に出場し、3年時にモノグラム奨学金を授与される。1年時に海軍士官学校戦に出場し、ゲイターボウルでジョージア工科大学を制した1998年、フィエスタボウルでオレゴン州立大学と対戦した2000年のチームメンバーとしてプレーした。9勝3敗で22位にランキングした1998年、9勝3敗で15位にランキングした2000年のチームメンバー。メンドーザ・ビジネス・スクールで経営学修士を取得。現在はインディアナ州のインディアナポリスに在住、NFLコルツのサラリーキャップ/人事アナリストとして働いている。父親のジェイはノートルダム大学の元理事。
コール・ラウ(Cole Laux)

ポジション:フルバック(FB)
在学期間: 2000~2003年
スカウトチームでは傑出したノートルダム大学のフルバック。在学時は2試合フルバックとしてプレーし、スペシャルチームでも何度か出場した。2003年にはその熱心さが認められ、モノグラムを受賞した。インディアナ州ミシャウォーカのマリアン高校でプレーし、現在はシカゴ在住。シカゴ取引所でS&P 500オプションのピット取引を担当するトレーダーで、最近になって商品先物および為替の電子取引を始めた。
ディーン・ライトル(Dean Lytle)

ポジション:フルバック(FB)
在学期間: 1991~1993年
1991年から1993年のノートルダム在学時は、フルバック、テイルバック、ディフェンスエンドを務める。ディフェンスエンドだったが、1992年にフルバックに転向し、すぐに頭角を現した。スピードに定評があり、ノートルダム大学の陸上部として大会に出場した経験がある。スペシャルチームでは44回出場。卒業後はアリーナフットボール2部リーグのミルウォーキー・マスタングスに所属し、かつてのノートルダム大学のチームメートであるケビン・マクドゥーガルとともにプレーした。
ブライアン・マチス(Brian Mattes)

ポジション:オフェンスライン(OL)
在学期間:2002~2006年
37試合(2004年に10試合、2006年に全13試合を含む)でオフェンスラインの控えとして貴重な役割を果たし、2003年、2004年はオフェンスタックル、2005年、2006年はオフェンスガードを務める。主にスペシャルチームで活躍した。当初は、ディフェンスラインとして入部。2005年、2006年の両シーズン後、ファイティング・アイリッシュのBCS出場に貢献した。
ダリン・ミッチェル(Darin Mitchell)

ポジション:オフェンスライン(OL)
在学期間: 2001~2004年
ファイティング・アイリッシュの万能なオフェンスラインで、ガードもプレーすることができた。主に控えではあったが、トラップブロックを得意とし、爆発的なスタートを見せる強靭な手足を持ち合わせた。2005年のモノグラム奨学生。ジョージア州アトランタ出身で、1998年にラブジョイ高校アメフト部が初めてプレーオフに出場するのに貢献した。また、1999年に初めて10勝0敗という無敗のシーズンを果たした際のチームメンバー。アトランタに戻ってからは、Capital Markets GroupのFifth Thirdに勤務し、社債の販売を担当している。
ボブ・モートン(Bob Morton)

ポジション:オフェンスライン(OL)
在学期間: 2002~2006年
ファイティング・アイリッシュでオフェンスラインとして39回スターターを務める。2003年にセンターで11試合スターター出場したのを始めとし、2004年に左のオフェンスガードで11試合、2005年にセンターで4試合、2006年に左のガードで全13試合をスターターとしてプレーした。1,000ヤードラッシャーのジュリアス・ジョーンズ(2003年)やダリウス・ウォーカー(2005年、2006年)の活躍を支えた。地域奉仕活動が認められ、AFCA Good Works Teamに選ばれた。
ジェレミー・ノー(Jeremy Nau)

ポジション:タイトエンド(TE)
在学期間: 1992~1995年
フィラデルフィア・イーグルスと契約を結ぶが、トレーニングキャンプでリリースされる。
ティム・オニール(Tim O’Neill)

ポジション:テイルバック(TB)
在学期間: 1998~2002年
1998年の1年時はウォークオン選手だった。オニールが加わったことで、テイルバックに厚みが増した。上達に向けてビデオを見るなど、チームでも練習熱心な選手の一人。ブルー・ゴールドゲームに3回出場し、5回のキャリーで17ヤード獲得した2002年が、最も良い成績を残した年だった。ミシガン州にあるアテネ高校では、テイルバックとして2年連続スターターで、3年時にはチームキャプテンを務める。1,600ヤード以上獲得し、12タッチダウンを決め、MVPを獲得した。また、アテネ高校で男子ベストアスリートに選ばれる。弟のライアンとともに、米国では有名なレコーディング・アーティスト。「コールドケース」や「セックス・アンド・ザ・シティ」のような人気ドラマに提供した音楽を含む、ピアノ演奏のCDを30枚以上リリースした。また、HBO、ESPN、PBS、結婚式用にも作曲をしている。
デイビッド・クイスト(David Quist)

ポジション:オフェンスライン(OL)
在学期間: 1993~1996年
94年にはオフェンス選手、95年にはディフェンス選手としてモノグラム奨学金を獲得。レギュラーシーズン計31試合に出場。95年にはファンブルリカバー2回の記録を残している。ルー・ホルツ監督の最後の4シーズンで選手として活躍した。文学部で心理学を専攻し、現在はウィスコンシン州在住。Inacom Informaiton Systemsのシニアマネージャーとして働いている。
トニー・ライス(Tony Rice)

ポジション:クォーターバック(QB)
在学期間: 1986~1989年
1986年にリクルートされた選手の中でも傑出した選手。1988年には、完全無敗の12勝0敗でノートルダム大学のレギュラーシーズン記録に貢献し、ノートルダム大学では8度目となる全米優勝を果たした。また、ウエストバージニア大学を制した1989年のフィエスタボウルでは、ファイティング・アイリッシュの勝利に貢献した。1989年にJohnny Unitas Golden Arm Awardを受賞、ハイズマン賞の候補者として得票数4位を獲得した。1988年と1989年のシーズンでは、スポーツ・イラストレイテッド誌の表紙を4回飾り、サウスカロライナ史上41番目のベストアスリートとして特集も組まれた。また、プロとしては1991年と1992年に、CFLのサスカチュワン・ラフライダーズ、WLAFのバルセロナ・ドラゴンズでプレーした。
ケーシー・ロビン(Casey Robin)

ポジション:オフェンスライン(OL)
在学期間: 1998~2001年
オフェンスラインのどのポジションでもプレーできるラインの控えで、モノグラムを3度受賞した。オフェンスタックルとスペシャルチームで何度か試合に出場。練習熱心で強い意志を持ったタフな選手。2001年に、金融の学位を取得してノートルダム大学を卒業。ニューオーリンズ南部出身で、現在は妻、アシュレー・リード・ロビンとルイジアナ州マンデヴィルに在住。マンデヴィルでは、営利保険を担当しており、大企業向けに損害保険を販売している。
ネイト・スコーマス(Nate Schomas)

ポジション:ワイドレシーバー(WR)
在学期間: 2001~2003年
2年時に、シカゴ大学から転入。3年時にウォークオン選手としてファイティング・アイリッシュのワイドレシーバーになり、ノートルダム大学でプレーするというスコーマスの目標が現実のものとなった。2002年に2試合出場し、ブルー・ゴールドゲームにも出場。ホイートン・ウォーレンヴィル高校出身。現在、アクセンチュアに勤務し、ワシントン州レッドモンドでマイクロソフトのコンサルタントをしている。
パーネル・テイラー(Pernell Taylor)

ポジション:フルバック(FB)
在学期間:1983~1987年
1985年から1987年の3年間をフルバックとしてプレーし、スターターとして10試合に出場。1987年の最終学年時に、レギュラーシーズンの10試合およびコットンボウル(対テキサス農工大)に出場した。また、同年のミシガン大学およびミシガン州立大学戦ではスターター出場。また、スペシャルチームで51回出場。3年時には、自己記録となる5本のタッチダウンを獲得。4年時のアラバマ大学戦では46ヤード、ピッツバーグ大学戦では44ヤードを獲得。また、3年時の1986年にはフルバックとして8回スターター出場を果たし、284ラッシングヤードを獲得、6回のパスキャッチを成功させた。1回のキャリーで平均4ヤード獲得。1985年、1986年には全11試合出場。7勝5敗のシーズン結果だった1983年、1984年は、怪我のため欠場。8勝4敗で17位にランキングした1987年のチームメンバー。文学部心理学の学位を取得。現在はカリフォルニア州ラ・ハブラ・ハイツに在住、ロス市警の警官として勤務している。
ジェフ・トンプソン(Jeff Thompson)

ポジション:オフェンスライン(OL)
在学期間: 2001~2004年
2002年のシーズン終了後、オフェンスに転向。万能選手で、ガードとセンターの両方をプレーすることができる。飲込みが早く、新しいポジションでもすぐに習得できる才能を持ち合わす。インディアナ州ミシャウォーカのペン高校出身。現在は、ヘルスケアサービスの満足度調査および改善をサポートする米国の大手企業、Press Ganey Associatesでコンサルティングを担当している。
マーカス・ソーン(Marcus Thorne)

ポジション:フルバック(FB)
在学期間: 1992~1995年
4年時に、State Farm Mutual Radio Student-Athlete of the Yearに選ばれたノートルダム大学のフルバック。同年、NCAAの大学院奨学生にもノミネートされた。50ヤードを走って1タッチダウンと6タックルを記録し、ファイティング・アイリッシュが9勝2敗の結果を出すのに貢献した。
ジェイ・ビッカーズ(Jay Vickers)

ポジション:ランニングバック(RB)
在学期間: 1996~1999年
ノートルダム大学ファイティング・アイリッシュの文武両道なアスリートで、ビジネスマーケティングとコンピュータ技術を専攻し、2000年に文学士号を取得して卒業。2007年9月10日には、カリフォルニア州立大学フレズノ校体育局およびブルドッグ基金のデベロップメント・ディレクター補佐として就任した。また、アメリカンフットボール、男子および女子バスケットボールクラブの連絡窓口でもある。ブルドッグ基金のデベロップメント・ディレクター補佐として就任する前は、販売およびマーケティングの責任者として7年以上の経験を積んだ。現在は、カリフォルニア州立大学フレズノ校でスポーツマネージメントに焦点を置いた運動療法学修士号を取得するため、勉学に勤しんでいる。息子、ジャマウルとともにフレズノ在住。
ロバート・ウッズ(Robert Woods)

ポジション:ワイドレシーバー(WR)
在学期間: 2002~2005年
主にスペシャルチームで活躍し、92試合出場した。2005年、4年時のシーズン前に、キャンプ時の献身的な姿勢、勤労意欲、参加意欲が認められ、奨学金を受給した。28ヤードのパスをキャッチし、パントリターンで勝敗を左右するファンブルリカバーをして、ファイティング・アイリッシュが攻撃権を保つのに貢献した。アイオワ州のアトランティック高校出身。2001年には、NFAおよびCollege Coaches Hall of Fameから、スカラシップ・アスリート・アワードを授与された。また、クラスを首席で卒業し、National Honors Societyのメンバーとして受け入れられた。
レイ・ゼラーズ(Ray Zellars)

ポジション:フルバック(FB)
在学期間:1991~1994年
1993年(494ラッシングヤード)、1994年(466ラッシングヤード)と、ファイティング・アイリッシュのフルバックとして2年連続レギュラーを務めた。1,135ラッシングヤード(8タッチダウン)と28パスキャッチ(237ヤードと5タッチダウン)の記録を残した。1994年のパデュー大学戦では、156ラッシングヤードを獲得。1995年にニューオリンズ・セインツから、全体44番目のドラフト指名を受け、1998年までの4年間をセインツでプレーした。1997年には、自己記録となる552ヤードを走り、4タッチダウンを記録した。

ロスター ディフェンス






























ジェイソン・ベックストローム(Jason Beckstrom)

ポジション:コーナーバック(CB)
在学期間: 1999~2003年
3年連続でモノグラム奨学生となり、2001年には全試合に出場、うち2試合にスターターとして出場し、計13タックルを記録してディフェンスの要として活躍した。スペシャルチームにおいても累計260プレーに登場すると同時に6タックルを記録し、うち4つのソロタックルは2003年のブルー・ゴールドゲーム(オフェンス対ディフェンスの紅白戦)での活躍だった。肩を負傷し、2003年シーズンは出場を逃す。オクラホマ州ザ・タルサ出身で、2002年から2003年は室内陸上部にも所属していた。
カート・ベリル(Kurt Belisle)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間: 1995~1998年
1996年に11試合に出場して7タックルを記録し、チーム成績の8勝3敗に貢献、モノグラムを受賞した。1997年には14タックルを達成。仕事の傍らで、イリノイ州カンカキーにあるビショップ・マクナマラ高校のフットボールコーチを務めている。
アンソニー・ブラナン(Anthony Brannan)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間: 2003~2007年
5年時のプレシーズンに、フィル・スティール誌が選ぶ全米ベストOLBの59番目に選ばれた。レギュラーシーズンでは、チーム史上2番目の記録となる108タックルをマークし、8.5ヤードロスの記録を樹立した。在学中は3つのボウルゲームに出場し、そのうち2006年のシュガーボウル(対ルイジアナ州立大)では4タックルを決め、シーズン通算59タックルを達成。2003年のインサイトボウル、2005年のフィエスタボウルにも出場した。
アイボリー・コヴィントン(Ivory Covington)

ポジション:ディフェンスバック(DB)
在学期間: 1994~1997年
1995年に行われた陸軍士官学校戦で、相手チームのTEをゴール前1ヤードの地点でタックル。2ポイントコンバージョンを阻止し、ファンの記憶に残るプレーでファイティング・アイリッシュを勝利に導いた。現在は、Vesdia Corporationでデベロップメント・ディレクターとして働いている。
ケーシー・カレン(Casey Cullen)

ポジション:ディエフェンスエンド/ラインバッカー(DE/LB)
在学期間: 2003~2006年
2005年にノートルダム大学からの奨学金を受賞したウォークオン選手。4年時のレギュラーシーズンでは全12試合に出場し、ミシガン大学戦では4タックル、ノースカロライナ大学および空軍士官学校戦では2タックルを記録して、2006年だけで通算11タックルを達成した。3年時のレギュラーシーズンでは全11試合に出場し、スペシャルチームで8タックルとファンブルフォース2回を記録。また、ミシガン大学戦のスペシャルチームではキャプテンを務めた。同年、スペシャルチームで190回出場。インサイトボウルでオレゴン州立大学と対戦した2004年、9勝3敗で9位にランキングし、フィエスタボウルでオハイオ州立大学と対戦した2005年、10勝3敗で17位にランキングし、シュガーボウルでルイジアナ州立大学と対戦した2006年のチームメンバー。メンドーザ・ビジネス・スクールで経営学修士を取得。現在はテキサス州サンアントニオに在住、セントメアリー大学のロースクールに在籍。また、サンアントニオの法律事務所、Kustoff & Phipps社に勤めている。
DC・カリー(DC Curry)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間: 2000~2003年
三年連続でモノグラムを受賞、2003年には最終学年としてシーズン12試合全てにスターターで出場し、ストロングサイドのLBとして活躍。3年時も合わせると全25試合中24試合にスターターとして出場、4年間で通算100タックルを量産する活躍をみせた。最後のシーズンには、チーム4位となる66タックルを記録し、ロスタックル6.5回、QBサック4.5回、2度のインターセプトを記録した。
メルヴィン・デンスビー(Melvin Dansby)

ポジション:ディフェンスタックル(DT)
在学期間: 1994~1998年
最終学年時にはファイティング・アイリッシュのキャプテンを務めた。1997年には103ものタックル記録をマークし、フットボール・ニュース誌の全米名誉表彰者および独立校選抜、ならびにノートルダム大学年間ベストラインマンに選ばれ、ニック・ピエトロサンテ賞を受賞した。
ベン・フーズ(Ben Foos)

ポジション:ディフェンスエンド(DE)
在学期間: 1992~1995年
ディフェンスだけでなくスペシャルチームでも活躍し、4年時の1995年には9試合47プレーに出場、DLとしてはバンダービルト大学とも対戦した。1996年にデザイン学を専攻していた文学部を卒業。ケンタッキー州ルイヴィルにあるトリニティー高校出身。現在は、不動産と建築会社を営むFoos Development & Realtorsの代表を務めている。ノートルダム大学卒業後は、高校生や少年チームのコーチを続け、ケンタッキー州ルイヴィルのホーリー・スピリット・カトリックスクールのフットボール指導者として、チームをカトリックスクールチャンピオンシップの三連覇に導いている。
クリス・フローム(Chris Frome)

ポジション:ディフェンスエンド(DE)
在学期間: 2003~2006年
ファイティング・アイリッシュでの最後の2シーズンは、16試合(2006年に10試合出場)でスタメンを獲得。45タックル、QBサック1.5回、パスカット8回を記録した。2006年に行われた空軍士官学校戦および陸軍士官学校戦では、両試合において自己最高の1試合5タックルを決める。ファイティング・アイリッシュがBCSのポストシーズン・ゲームに選ばれた2005年と2006年にはディフェンスの中心的存在を担い、CoSIDAにより2度アカデミック・オールディストリクトに選ばれる。2007年にはシカゴ・ベアーズとFA契約を結んだ。
マイク・グールスビー(Mike Goolsby)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間: 2000~2004年
4年時は怪我で登録抹消したため、5年時に復帰し活躍した。3年時にはすでにスターターの座を獲得。チーム史上三番目となる75タックルを記録した活躍によって、チームは対ノースカロライナ大学とのゲイターボウルに出場できた。通算116タックル、QBサック7回、3度のインターセプトという記録を残してノートルダム大学を卒業。卒業後は、セントルイス・ラムズとFA契約を結び、2005年には2試合に出場した。
ベニー・ギルボー(Benny Guilbeaux)

ポジション:コーナーバック(CB)
在学期間:1995~1998年
在学中は、ゲイターボウル、インディペンデンスボウル、オレンジボウルの3つのボウルゲームを経験。1998年には9勝2敗のチーム成績に貢献し、対ジョージア工科大学とのゲイターボウルに出場した。1997年には4つのロスタックルを含めた68タックルを量産し、インディペンデンスボウルに出場してルイジアナ州立大学と対戦した。1、2年時はルー・ホルツ監督の下でプレーし、2年間のチーム成績は17勝5敗だった。
デヴェロン・ハーパー(Deveron Harper)

ポジション:コーナーバック(CB)
在学期間: 1996~1999年
1998年に3年生ながらスターターに加わり、4年時にはチーム史上最も経験豊富なセカンダリーの一人と称される活躍でチームを牽引した。通算115タックルを記録し、1年生にしてモノグラムを獲得。1998年のインディペンデンスボウル、1999年のゲイターボウルにスターターとして出場した。2000年から1年間カロライナ・パンサーズで過ごし、2002年はNFLヨーロッパのスコティッシュ・クレイモアズでプレーした。その後、セインツの目に留まって2004年までをセインツで過ごしたのち、アリーナフットボールに転向し、2005年から2007年までカンザスシティ・ブリゲードとオースティン・ラングラーズで活躍し、両チームを初のプレーオフに導いた。
ティレオ・ハリソン(Tyreo Harrison)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間: 1998~2001年
2001年に自己記録の1試合15タックル(対スタンフォード大)を決めるなど、合計97タックルでディフェンスを支え、ニック・ピエトロサンテ賞を受賞した。フィラディルフィア・イーグルズにドラフト6巡目で指名され2002年に入団、2シーズンをイーグルズで過ごした。
マット・ハズブルック(Matt Hasbrook)

ポジション:ディフェンスライン(DL)
在学期間:2003~2005年
2003年の春学期にミシガン州立大から転入し、5年時までプレーしたウォークオンのベテランDL。ミシガン州立大時代は3年時に4試合に出場し、2タックルを記録した結果、2002年にノートルダム大への移籍が決定した。メンドーサ商科大を財政学専攻で卒業したハズブルックはインディアナ州インディアナポリス出身で、現在は健康福祉とスポーツに関する会社を運営している。同じくレジェンズに選ばれたFBのマーカス・ソーンと同じカテドラル高を卒業している。
ボビー・ハワード(Bobbie Howard)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間:1995~1998年
3年時よりスターターに名を連ね、4年間で245タックルの記録を持つ。4年時には、全米ベストラインバッカーに贈られるバトカス賞の有力候補に選ばれた。また、同年には年間118タックルの自己最高記録を達成し、全12試合にスタメン出場を果たした。フラボウルにも出場し、1999年と2000年にはバッカニアーズのトレーニングキャンプに参加したが、同年シカゴ・ベアーズと契約。2003年までをベアーズで過ごし、77タックル、1インターセプトを量産した。その後、2004年にはベアーズの選手育成ディレクターとして採用されたものの、現在はすでに退職している。
ブランドン・ホイト(Brandon Hoyte)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間: 2001~2005年
5年目にチームメートによる投票でキャプテンに選ばれ、92タックルを量産してチームを牽引した。2002年と2003年にはアカデミック・オールディストリクトに選ばれるなど文武両道につとめ、常にプレーの真ん中にいる嗅覚を持つLBとしても知られていた。2006年にコルツとFA契約を結んだが同年にリリースされ、シカゴ・ベアーズと契約。2007年に再びコルツと契約を交わした。
ロン・イスラエル(Ron Israel)

ポジション:セーフティー(SF)
在学期間: 1998~2001年
2001年にパスディフェンス全米10位というチームのシーズン成績に貢献し、セカンダリー層の充実に貢献した。SFとしてスターターの座を獲得していたものの、シーズン後半は太ももの故障により戦列を離れた。2003年にミネソタ・バイキングスとクリーヴランド・ブラウンズでプレーした後、2005年にはNFLヨーロッパのアムステルダム・アドミラルズでプレーし、チームをワールドボウルに導いた。現在はフロリダ州ゲーンズビル在住で、フロリダ大学のストレングスおよびコンディショニングコーチならびにDBアシスタントコーチを兼任している。
ティム・ケニー(Tim Kenney)

ポジション:ディフェンスバック(DB)
在学期間: 2005~2006年
2005年から2006年の2年間、ウォークオン選手としてディフェンスのスカウトチームの中核としてチームを支えた。2005年のフィエスタボウルでオハイオ州立大と対戦した年の9勝3敗、翌年の10勝3敗に貢献。在学中は文学部で政治学とスペイン語を専攻し、現在はカリフォルニア州ラクレセンタに住んでいる。
ブライアン・マギー(Brian Magee)

ポジション:セーフティー(SF)
在学期間: 1992~1995年
1995年にモノグラムを授与される。最終シーズンには69タックルを記録し、うち41はソロタックル。
マーク・モナハン(Mark Monahan)

ポジション:ディフェンスバック(DB)
在学期間: 1992~1995年
3年間ウォークオン選手としてチームを支えたが、最終学年時の95年にはモノグラム奨学生に選ばれ、全試合に出場。95年の対南カリフォルニア大では自身最高となる一試合6タックルを記録、その年のノートルダム大学生アスリート賞を受賞している。現在は救急薬剤師としてサウスベンド記念病院で勤務している。兄のトムもまたアイリッシュでFBとしてモノグラム奨学金を授与している。
ブライアン・マルヴィーナ(Brian Mulvena)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間: 1996~1999年
2年間アリゾナ大学へ通い、1996年にノートルダム大学へ転入。1999年に卒業し、その後はエンジニアとしてモトローラ/フリースケールに採用される。現在も、プログラムおよびプロジェクト管理者としてフリースケールに勤務。
エドワード(エディー)・オコーネル(Edward (Eddie) O’Connell)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間:2002~2003年
2002年の3年時には、ウォークオン選手としてファイティング・アイリッシュのラインバッカーを務めた。米海兵隊のROTCプログラムの一員で、卒業と同時に少尉に任官される。イリノイ州シカゴにあるマリスト高校出身。現在は、メリーランド州のアナポリスに在住し、米海軍のPFC(一等兵)として従軍。
グレッグ・ポーリー(Greg Pauly)

ポジション:ディフェンスタックル(DT)
在学期間: 2000~2004年
2004年の5年時に12試合でスターターを務め、37タックル、1QBサック、4.5ロスタックルを記録し、同年にファイティング・アイリッシュのラインマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。17試合でスターターを務め(2002年にノーズガードとしての3試合、2003年に両タックルとノーズガードとしての2試合を含む)、2003年には20タックルと2QBサックを記録。2005年にFA選手としてシカゴ・ベアーズと契約を結んだ。現在は、ウィスコンシン州ウォーワトサに在住、Robert W. Bairdのシニア投資コンサルタントを務める。
ライアン・ロバーツ(Ryan Roberts)

ポジション:ディフェンスエンド(DE)
在学期間: 1998~2001年
2000年の3年時は全12試合に出場し、8試合でスタメン入りを果たした。2001年のフィエスタボウルでオレゴン州立大と対戦した時には5タックルを決めている。内側側副靭帯の断裂によりシーズンを終えたものの、4年間で通算50タックル、QBサック10回という記録を残している。理工学部で科学と経営学を学んだ。
アジャニ・サンダース(Ajani Sanders)

ポジション:コーナーバック(CB)
在学期間:1996~1999年
1999年、最終学年時の記録は91タックル、うち56がソロタックル。1年時から7試合に出場し、18タックルの記録でチームの8勝3敗に貢献する輝かしいデビューを飾る。2年時は58タックル、26ヤードのリターンを含む2インターセプト、最長39ヤードのキックオフリターン3回という多彩な記録を残している。卒業後は、カロライナ・パンサーズとXFLシカゴ・エンフォーサーズとFA契約を結んだ。その後、アリーナフットボールのペンサコラ・バラクーダズでプレーした後、現在はノースブルック高校で数学を教える傍ら、同校アメフトチームのディフェンス・コーディネーターを務めている。
ダーネル・スミス(Darnell Smith)

ポジション:ディフェンスタックル(DT)
在学期間: 1993~1996年
ディフェンスラインの控えとして15試合でプレーした。テキサス農工大、海軍士官学校、ピッツバーグ大学、ニュージャージー州立大学戦では、ディフェンスとして試合出場し、4年時には通算8試合でプレーした。3年時には5タックルを記録、スペシャルチームで9回出場。シーズン後のオレンジボウル(対フロリダ大)では、控えとして1つのソロタックルを果たすなどの活躍をみせる。2年時には海軍士官学校戦、フィエスタボウル(対コロラド大)に出場。11勝1敗で2位にランキングした1993年、9勝3敗で11位にランキングした1995年、ルー・ホルツ監督が最後に指揮を執り、8勝3敗で19位にランキングした1996年のチームメンバー。経営学部マーケティングの学位を取得。現在はニューヨーク州ブルックリンに在住、THLM Inc.のCEOを務める。
ドウェイト・ステファンソン・ジュニア(Dwight Stephenson Jr)

ポジション:ディフェンスエンド(DE)
在学期間:2003~2007年
5年時までプレーし、右DEを務めた。7試合に出場し1タックルを記録。3年時はスペシャルチームでも活躍した。
ミッチェル・トーマス(Mitchell Thomas)

ポジション:ラインバッカー(LB)
在学期間:2003~2006年
在学中は主にスペシャルチームでスターターとして活躍し、2年時は通算55プレーで力を発揮した。スミス・ステーション高校出身で、高校ではLBだけでなくRBとしても活躍し、フォックススポーツネットが選ぶ南部代表などにも選ばれている。
アンブローズ・ウッデン(Ambrose Wooden)

ポジション:セーフティー(SF)
在学期間: 2003~2006年
在学中は、ニッケルバックやコーナーとしてスターターに定着し、通算100タックル、2インターセプト、パスカット7回、ファンブルリカバーとファンブルフォース1回と活躍を見せ、3年時には全12試合にスタメン出場した。1984年メリーランド州ボルチモア生まれ。現在はニューヨークに住んでおり、ウォール街にある銀行に勤めている。

ロスター スペシャルチーム



スコット・センジア(Scott Cengia)

ポジション:キッカー(K)
在学期間: 1994~1997年
3シーズンで6回のフィールドゴールを成功させ、通算で18回(レギュラーシーズンで13回、ボウルゲームでは5回)のフィールドゴール成功記録を残す。レギュラーシーズンの22回を含め、4年間で通算25回試合に出場。レギュラーシーズンでフィールドゴールを19回試み、うち13回成功。1997年のハワイ大学戦では、残り5秒で20ヤードの決勝フィールドゴールを決め、23対22でチームを勝利へ導いた。インディペンデンスボウルと1995年シーズン後のオレンジボウル(対フロリダ大)では、5回のフィールドゴールを成功させて20点を記録し、ノートルダム大学の歴代記録を樹立した。1年時のレギュラーシーズンに行われたフロリダ大学戦では、39ヤードのフィールドゴールを成功させ、自身が持つ最長記録を残す。経営学部マーケティングの学位を取得。現在はオハイオ州シンシナティ在住、UBSファイナンシャル・サービスの副社長を務める。
ジェフ・プライス(Geoff Price)

ポジション:パンター(P)
在学期間: 2003~2006年
2005年にノートルダム大学からの奨学金を受賞したウォークオン選手。4年時のレギュラーシーズンでは全12試合に出場し、ミシガン大学戦では4タックル、ノースカロライナ大学および空軍士官学校戦では2タックルを記録して、2006年だけで通算11タックルを達成した。3年時のレギュラーシーズンでは全11試合に出場し、スペシャルチームで8タックルとファンブルフォース2回を記録。また、ミシガン大学戦のスペシャルチームではキャプテンを務めた。同年、スペシャルチームで190回出場。インサイトボウルでオレゴン州立大学と対戦した2004年、9勝3敗で9位にランキングし、フィエスタボウルでオハイオ州立大学と対戦した2005年、10勝3敗で17位にランキングし、シュガーボウルでルイジアナ州立大学と対戦した2006年のチームメンバー。メンドーザ・ビジネス・スクールで経営学修士を取得。現在はテキサス州サンアントニオに在住、セントメアリー大学のロースクールに在籍。また、サンアントニオの法律事務所、Kustoff & Phipps社に勤めている。



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