常に日本フットボール界の先頭を走り続け、数々の栄光を築き上げてきた関学は、1941年関西で3番目のチームとして誕生。49年リーグ初優勝。初出場した甲子園ボウルで慶應大に快勝し、関西学生リーグにおける独走が始まった。甲子園ボウルの代名詞にもなっていたのが、関学と日大—青と赤の対戦だが、甲子園での初顔合わせは55年。試合終了直前に劇的なTDパスで同点に追いつき、大会史上初の引き分け。これが長いライバルリーの始まりとなった。
2014.12.18
お知らせ
チーム紹介
日本フットボール界のリーダー
常に日本フットボール界の先頭を走り続け、数々の栄光を築き上げてきた関学は、1941年関西で3番目のチームとして誕生。49年リーグ初優勝。初出場した甲子園ボウルで慶應大に快勝し、関西学生リーグにおける独走が始まった。甲子園ボウルの代名詞にもなっていたのが、関学と日大—青と赤の対戦だが、甲子園での初顔合わせは55年。試合終了直前に劇的なTDパスで同点に追いつき、大会史上初の引き分け。これが長いライバルリーの始まりとなった。
独走の終焉、戦国時代を経て関西二強時代
関西で独走してきた関学だったが、70年代始めに台頭してきた京都大に76年リーグ戦でついに敗れ、連勝記録が145でストップ。翌77年には歴史に残る名勝負「涙の日生球場」—京大との全勝対決を、戦前の予想を覆して勝利した。しかし、82年には京大に完敗してリーグ連覇が33でストップ。以後、「関京」の二強時代が続き、さらに立命館が94年に初優勝して関西三強時代を迎えると、京大、立命に敗退を強いられて3位に甘んじるという苦いシーズンが続いた。
変革の成果が現れ始めたのは、90年代後半。97年に4年ぶり甲子園ボウルカムバック。徹底したリクルート活動が実り、大型ラインを揃えた99〜01年には81年以来のリーグ3連覇を果たし、01年には悲願のライスボウル制覇を達成した。
新たなライバルリーを形成する立命には、02年以降接戦続き。04年には同率優勝ながら、甲子園ボウル出場決定戦で延長の末敗退。05年にはチーム史上初めて4年連続で甲子園出場を逃す屈辱を味わったが、人工芝フィールドが完成した06年に5年ぶり出場。07年には18年ぶりに日大と甲子園で対戦し、逆転の末に6年ぶり23度目の優勝を果たした。しかし、09年に関西大が優勝して以降、新三強体制が強まり、10年は同率優勝ながらプレーオフ1回戦敗退となった。
甲子園ボウル4連覇—新たな黄金時代へ
3年間遠ざかった甲子園ボウル奪還に燃えた11年は、4年ぶりに全勝でリーグ制覇。甲子園ボウル決勝では日本大学に勝利して4年ぶり24回目の優勝を果たしたものの、ライスボウルでは社会人王者・オービックシーガルズに無念の逆転負け。12年は2年連続全勝でリーグ優勝し、甲子園ボウルで6年ぶりに顔を合わせた法政大学を逆転で下して2年連続学生代表になったが、またもやライスボウルでオービックに終了間際に逆転されて敗退した。
昨13年は最強のライバル立命とのリーグ最終戦で0対0と引き分け、6勝1分でのリーグ26回目の優勝だったが、甲子園ボウルでは2年ぶり対戦の宿敵・日大を23対9で下して3連覇。ライスボウルではオービックに3年連続での挑戦となったが、16対34で3度目の黒星を喫した。今季は2年ぶりのリーグ戦全勝優勝。2年連続対戦の日大を55対10の大差で下して4年連続優勝を達成した。甲子園ボウル4連覇は、73~77年の5連覇以来。
ライスボウル出場10回は学生最多。02年大会以来、13年ぶりの日本一を目指す。
監督紹介
監督 鳥内 秀晃(とりうち・ひであき)
1958年11月26日生まれ、55歳。元監督の父・昭人氏(故人)の影響で、関学でフットボールをすると決意。摂津高校(サッカー)を経て、関西学院大学に入学し、現役時はDB/Kで活躍した。82年卒業後は米国へコーチ留学。南オレゴン州立大(82〜84年)、UCLA(85年)で学び、86年に帰国して母校コーチに。92年監督就任(リーグ戦134勝19敗1分)し、今季で就任22年目。甲子園ボウル優勝8回(引き分け1回含む)、ライスボウル優勝1回。
QUICK FACTS
1941年
1941年
1475名
70シーズン418戦
375勝38敗5分(0.903)
48回
26回(同点優勝4回含む)
9回
優勝:1回
兵庫県西宮市上ケ原一番町1-155
75年当時の武田建監督が部歌「Fight On」にも通じるFighters(戦士)と命名
KGブルー、イエロー
明治大(1947年発足66回:51勝13敗1分/49年は行わず、82年中止)
日本大(1967年発足46回:28勝15敗3分/78年は行わず)
選手計145(スタッフ52)
4年27(17)
3年29(15)
2年32(12)
1年57(8)
「ALL for ONE」
2014年度 春季オープン戦結果
日付 | スコア | 対戦相手 |
---|---|---|
4月19日 | ○37-28 | 慶應義塾大学 |
4月27日 | ○17-14 | 日本大学 |
5月4日 | ○30-0 | 龍谷大学 |
5月11日 | ○38-28 | 明治大学 |
5月25日 | ○38-14 | 関西大学 |
6月8日 | ●7-31 | パナソニック |
2014年度 秋季リーグ戦結果
日付 | スコア | 対戦相手 |
---|---|---|
8月29日 | ○54-0 | 同志社大学 |
9月15日 | ○58-0 | 近畿大学 |
9月29日 | ○45-0 | 神戸大学 |
10月11日 | ○42-14 | 龍谷大学 |
10月25日 | ○35-7 | 京都大学 |
11月9日 | ○17-10 | 関西大学 |
11月23日 | ○21-7 | 立命館大学 |
全日本大学アメリカンフットボール選手権 西日本代表決定戦
日付 | スコア | |
---|---|---|
11月30日 | ○55-0 | 名城大学 |
全日本大学アメリカンフットボール選手権決勝 第69回甲子園ボウル
日付 | スコア | 対戦相手 |
---|---|---|
12月14日 | ○55-10 | 日本大学 |
注目選手
2014年度 ファイターズ主力選手
主将・RB28 鷺野 聡(さぎの・さとし)
商学部4年
1993年1月17日生 172cm 70kg 血液型B型
関西学院高等部アメリカンフットボール
関西学院中学部ではバスケットボール選手だったが、関学高等部でフットボールを始め、俊足を活かしてRBとして活躍。3年時には春季関西大会優勝、秋は全国大会準優勝に貢献した。関西学院大学では1年時から出場の機会を得て、40ヤード走4秒6の俊足を武器に2年時にレギュラーに定着。3年時からはエースとして安定感ある走りを見せてきた。今秋リーグ戦は5試合出場で27キャリーと少なかったが、354ヤード(平均13.1ヤード)でリーグ1位、5TD獲得。年間最優秀選手チャック・ミルズ杯受賞。松葉杯(関西学生リーグ最優秀選手)、関西学生リーグベスト11(RB)受賞。12年の第2回19歳以下世界選手権では、19歳以下日本代表チームの主将を務めた。
40ヤード走4秒63、ベンチプレス100キロ、スクワット210キロ。
QB11 斎藤 圭(さいとう・けい)
経済学部4年
中央大学附属高校アメリカンフットボール
少年チーム・富士通フロンティアーズジュニアでフットボールを始め、一貫してQB。中央大学附属高校を経て、関西学院大学進学。2年春から試合出場するようになり、2年時の秋シーズンは全日本選手権西日本決勝からスターターで出場、甲子園ボウルでもスターターを務めた。3年時はエースとして春から活躍。安定感あるロングパスを武器に、甲子園ボウルMVP受賞。今季パス獲得773ヤードはリーグ2位に甘んじたがが、レイティング150.8で2年連続リーディングパサーに。関西学生リーグ優秀攻撃選手、関西学生リーグベスト11(QB)も2年連続受賞。
40ヤード走5秒13、ベンチプレス100キロ、スクワット180キロ。
副将・LB57 小野 耕平(おの・こうへい)
社会学部4年
1992年12月16日生 175cm 85kg 血液型O型
関西学院高等部アメリカンフットボール
関西学院高等部時代から、センス溢れるLBとして活躍。関西学院大学では1年時からセンスと思い切りの良さを武器にスタート出場を果たし、2年時にはMLBのスターターに定着。今季は守備リーダーとしてシグナルコーラーも務め、2年ぶりに全勝対決となったリーグ最終戦の立命戦では小野のインターセプトを含む5つのターンオーバーを演出。第3Q終盤には立命攻撃をQBサックに仕留め、反撃の芽を摘み取った。関西学生リーグベスト11(LB)受賞。
40ヤード走4秒81、ベンチプレス120キロ、スクワット200キロ。
DB10 田中 雄大(たなか・ゆうだい)
商学部3年
1994年2月18日生 176cm 80kg 血液型B型
関西学院高等部アメリカンフットボール
関西学院高等部でフットボールを始め、WRをプレー。関西学院大学でも当初アウトサイドレシーバーだったが、1年時のライスボウル2週間前にSFに転向。いきなりスターター抜擢されて話題となったスーパーアスリート。2年時からはCBで出場し、ライスボウルでも2インターセプト奪取で注目された。今季は新スターターの多かったDBの中で安定感を発揮。チームトップクラスの俊足を活かしてリターナーとしても活躍している。関西学生リーグベスト11(DB)受賞。
40ヤード走4秒60、ベンチプレス130キロ、スクワット230キロ。
メンバー表