誕生は83年。(株)リクルートの有志が集ったことに端を発する。翌84年同好会結成。当時、日本社会人アメリカンフットボール協会の実表団リーグ加盟の登竜門とされていたパレスサイドリーグに加盟した。転機は88年。(株)リクルートがライスボウルに初協賛したことをきっかけに、大会直後の取締役会でアメリカンフットボール部が全面的バックアップを受ける『ハイパースポーツクラブ』に認定された。ライスボウルの宣伝担当だった神山陽子取締役(当時/現顧問)主導下でリクルートシーガルズが誕生し、同年日本社会人協会加盟。米国プロフットNFLシアトル視察など、時代を先取りした独創的なチーム作りを開始した。本格的なチーム作りにはプロコーチが不可欠という取り組みも注目された。加盟2年目の89年に実業団2部から念願の1部リーグ入り。ハワイ大学でDLとして活躍したデイビッド・スタントHC体制となった93年より米国流の練習方法に加え、吉永孝徳トレーナーによるストレングスとコンディショニングのプログラムも強豪の仲間入りを果たしていく原動力となった。95年にリーグ戦全勝で初優勝を果たし、社会人選手権に駒を進めるまでに成長。Xリーグ元年となった96年に念願の社会人選手権初優勝。Xリーグ初代王者に就いた勢いを駆ってライスボウルでは京都大学を破り、初の栄冠に輝いた。98年には二度目の王座を奪取し、実業団チームとしてトップチームの地位を確立していった。
99年4月10日に運営を実業団チームからクラブにシフトすることを発表。社員以外の一般ファンに広く愛されるチームになることを目指した新たな挑戦に注目が集まった。同年6月14日にリクルート100パーセント出資のクラブ運営会社、(株)クラブシーガルズ設立。02年には完全独立して(株)シーガルズ設立(現・株OFC=並河研代表取締役)。この間の00年に大橋誠ヘッドコーチ体制へ移行し、リーグ戦三連覇を成した02年に4年ぶり3度目のライスボウル出場を果たしたものの、立命館大学の前に完敗。クラブチームとしての独り立ちは果たしたものの、運営資金面で苦境に立たされ、存続の危機にひんするほどだった。そのシーガルズの支援に(株)オービックが名乗りを上げることが03年7月に決定。オービックシーガルズとして新たな船出となった。本格派実業団からクラブ運営へのシフト。そして独り立ちを図ってきた過程で積み上げてきたロマンが爆発したのが、オービックシーガルズへの転身3年目の05年。春季パールボウル優勝からライスボウルまでのパーフェクト・シーズンを成し遂げて、7年ぶり3度目の栄冠に輝いた。
以後4シーズンはいずれもリーグ戦で1敗を喫して社会人選手権出場に手が届かないシーズンが続いたが、10年に劇的復活を果たして5年ぶりのライスボウル制覇、社会人最多となる4度目の栄冠を勝ち獲った。一昨年は東日本大震災の影響で本拠の千葉県習志野市にあるホームグラウンドの液状化でチーム活動に支障をきたす危機に瀕したものの、逆境を乗り越えてパナソニックインパルスと並ぶ最多6度目の優勝。社会人として5チーム目、6度目となる二連覇を達成。昨季は史上初となる単独ドイツ遠征を含み、文字取り破竹の勢いで春秋完全優勝。社会人選手権、日本選手権で三連覇を達成した。昨春に続いて行った今春のドイツ遠征帰国後のパールボウル準決勝で、富士通フロンティアーズに苦杯を舐めて公式戦連勝記録が「37」でストップ。しかし、秋季リーグ戦、ポストシーズンゲームに4年連続で全勝を果たした後のジャパンエックスボウルで富士通に雪辱。社会人単独最多となる8度目のライスボウル出場を果たし、第67回ライスボウルには国内初となる四連覇をかけて、三年連続で関西学院大学との対戦に臨む。V4が達成されれば単独最多記録を更新する7度目の日本一となる。
大橋誠ヘッドコーチ(おおはし・まこと)
1965年6月9日生。都立西高でフットボールを始め、早稲田大学進学。下級生時代は攻撃G、3年生以後は守備でLBを務め、88年最終学年時には副将を務めた。シーガルズには89年入団して、LBとして活躍。96年に選手兼任コーチ。97〜99年守備コーディネーター兼LBコーチ。00年ヘッドコーチに就任。秋季リーグ戦通算成績は77戦64勝13敗1分(.838)/社会人選手権優勝6回/日本選手権優勝4回。99年第1回、03年第2回世界選手権日本代表コーチとして二連覇に貢献。07年第3回、11年第4回世界選手権日本代表守備コーディネーター。株式会社OFC(オービック・フットボール・クラブ)取締役。知重夫人との間に一女一男。
プレーオフは96年〜08年がファイナル6、09年以降はファイナルステージ
副将・QB6 菅原 俊(すがわら・しゅん)
1986年1月26日生 172kg 83kg 血液型O型
法政大学卒
昨66回大会で史上初となる3年連続大会最優秀選手のポール・ラッシュ杯に輝いた(2年連続は過去に3人)。学生時代の2度を含め、今回が6度目のライスボウル出場。学生時代から米大学フットボールのビデオ分析から、さまざまな戦術を探り出す「フットボール戦術オタク」を自称してきたが、近年はなかなか時間がとれずに欲求不満気味。しかも、今季はチームメイトで先輩の龍村学(神奈川大)にスターターを譲ることもしばしばだった。Xリーグ個人成績(ファーストステージ)は79回投53回成功(67.08%)、928ヤード、9TD、5インターセプト。龍村が78回投47回成功(60.26%)、782ヤード、6TD、2インターセプトと、文字通り活躍の場を二分してきた。しかし、富士通フロンティアーズとのジャパンエックスボウルの決戦では、24回投18回成功(75.00%)、175ヤード、2TD、1インターセプトと堂々の活躍で、社会人4連覇に導いて、エースの貫禄を見せつけた。社会人一年目はオンワードオークス入りしたもののチーム解散の不運に見舞われ、その後継的存在となった相模原ライズ(現ノジマ相模原ライズ)に所属。3年前の春にシーガルズへ移籍を決意してスタートQBの座を勝ちとると、日本一奪取の原動力となり、2011年の日本代表チームの一員として世界選手権オーストリア大会の一員としても活躍した。学生チームを含めて前人未踏の4連覇がかかった第67回ライスボウルに向けて、「このチームで勝ちたい、というのが毎年の目標。連覇はその結果に過ぎないと思っている」とチームに対する限りない誇りと柔らかな自信を覗かせている。
副将・WR 18 木下 典明(きのした・のりあき)
1985年2月22日生 177cm 80kg 血液型A型
立命館大学卒
学生時代から日本フットボール界最速の存在として常に脚光を浴びてきた。5歳でアメリカンフットボールを始める。小学校、中学校でも活躍し、大阪産業大学附属高校時代は全国優勝を2度経験(1999,00年)。立命館大学でも3度学生日本一(2002,03,04年)になり、2、3年時にはライスボウルで社会人王者を倒して日本一(2002,03年)。2002年シーズンのライスボウルではシーガルズ(当時)と対戦している。4年時は社会人に敗れ日本一は逃したものの、年間最優秀選手に選ばれた。卒業後は欧州プロフットNFLELに挑戦。スペシャルチームMVPを2度受賞し存在感を示すと、NFLアトランタ・ファルコンズのキャンプに参加した。08年には日本人選手として初となるIPS(=International Practice Squad:外国人練習制度)の一員として、シーズン終了までチームに帯同。しかし、本場の壁は厚いままだった。帰国後の2011年にオービックシーガルズ入り。日本の社会人チームで初めてプレーし、同年、CENTRALディビジョン新人賞、JAPAN X BOWL MVP受賞。2012年、CENTRALディビジョン最優秀選手、オールXリーグ選出と国内最強レシーバーとして君臨し続けている。今季、副将に就任してポジションキャプテンを務める。今季リーグ戦の34捕球、640ヤードはいずれもリーグ最多で、9TDを獲得。
主将・LB2 古庄直樹(こしょう・なおき)
1978年2月9日生 172cm 85kg 血液型A型
立命館大学卒
オービックシーガルズ主将7年目。2010年にチームを日本王者にまで導き、2011年・2012年と三連覇を達成。日本トップクラスのスピードを誇るLBで、守備範囲が広く、タックル数は常にチーム1のハッスル・ガイ。インターセプト、QBサック、ファンブルフォースなど、チームを勝利に導くプレーを連発する。北海道生まれ。幼少の頃は小児ぜんそくに苦しんだが、体質改善を目的に2歳から水泳に取り組み、小、中学校では野球、関西大倉高でフットボールをはじめる。高校時代はFBで2年時からスターター。立命館大では1年時の夏にSSに転向。2年時からスターターとして98年、甲子園ボウル制覇に貢献し、00年マイカルベアーズで1年間プレー後、01年にシーガルズ入団。04年にSSからWLBへ転向。強靭なフィジカルパワーとスピードを武器に、ラン攻撃はもちろん、パス攻撃にも人員を入れ替えずに対応できる近代型LBとして存在感を発揮し続けている。05年ジャパンUSAボウルで日本代表入り。07年第3回W杯では日本代表副将を務め、同年チームでもリクルート社出身以外で初の主将に就任。一昨年よりコーチ兼任。11年SWC日本代表主将。04〜10年オールXリーグ、昨季2年ぶりカムバックで8度目の選出となった。
副将・DE11 ケビン・ジャクソン
1981年11月10日生 193cm 108kg
ハワイ大学卒
カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。7歳からフットボールを始め、中学、高校のポジションはQB。ハワイ大学からポジションをDEに変更。大学卒業後の2004年にNFLグリーンベイ・パッカーズのドラフト外新人としてミニキャンプ挑戦の経験を持つ。2005年オービックシーガルズ加入。パントブロックの量産を始め、7年ぶりの日本一となる牽引者となった。同年リーグMVP受賞。2005〜2012年、8年連続オールXリーグ選出。第27回ジャパンエックスボウル富士通フロンティアーズ戦で、2ファンブル・リカバー、1パスディフェンス等でMVP受賞。サイズ、スピード、パワー、テクニックを兼ね備えた、リーグを代表するパスラッシャーとして、フィールドでの熱さも抜群。プレーだけでなく、ポジションキャプテンとしてチームを引っ張る。