2021.03.26
日本で初めてのアメリカンフットボール公式規則書
お知らせ
日本で初めてのアメリカンフットボール公式規則書(1936年発行)
1.日本で最初の公式規則書について
日本の最初のアメリカンフットボール公式規則書は、初めての公式試合が開催された1934年(昭和9年)から2年後の1936年(昭和11年)9月23日に発行されました。日本フットボール3年目のこの年、リーグ戦の開幕試合は10月24日(土)19時30分試合開始の「明治大-慶応義塾大」(於:芝公園競技場)でしたが、この開幕試合に間に合う発行がされています。
下左の画像は、その表紙です。B7版、全体は111頁の構成となっています。表紙は英語ですが、本の中はすべて日本語が使用されており、記載されている書物の題名は、「東京學生米式蹴球聯盟制定 昭和十一年度競技規則」となっています。
表紙に使用されている写真は、両チームのユニフォーム、および審判員の服装(当時、審判員に特に定められたユニフォームはありませんでした)から判断すると、1934年11月29日(木:感謝祭の日)に開催された日本での最初の公式試合である「横濱カントリイ・アスレチック・クラブ(YCAC) 対 全東京學生選抜軍」(明治神宮競技場)の写真が使用されていると思われます。
下右の画像は、この日本で最初の公式規則書の奥付です。
この公式規則書は、1936年当時の競技規則制定委員の4氏(委員長:金子忠雄氏、川島治雄氏、有賀太郎氏、加納克亮氏)によって編集、発行がなされました。現在の競技規則委員会に相当する組織の誕生時の構成委員となります。
委員長の金子忠雄氏(立教大)は、聖徒アンデレ同胞会書記としてポール・ラッシュ氏を支え、連盟発足時は書記として競技活動の組織化に貢献されました。
この公式規則書の発行者となっている川島治雄氏は、早稲田大OBで、日本で最初の公式戦(YCAC-全東京學生)にQBとして出場、2Qに日本で最初にTDパスを投げたパサーとなっています。卒業後、関東学生連盟の理事および書記長となり、また審判員としても活躍、戦前の審判組織のリーダーでした。有賀太郎氏(早稲田大)は、この年(1936年)の連盟の理事であり、また同年の全日本チームの初の米国遠征に役員として同行されています。加納克亮氏は、立教大ラグビー部出身の朝日新聞記者で、日本のアメリカンフットボール活動に協会役員、報道対応等で活躍されました。戦後も日本フットボールの復興に関東協会会長として尽力され、2016年に日本アメリカンフットボールの殿堂顕彰(殿堂入り)がなされました。
この公式規則書の作成に関しては、ポール・ラッシュ氏直筆の日誌に次のような記載があります。
「ここに1936年に発刊された最初のルールブックのコピーがある。金子忠雄を委員長とするコミッティは作成までに8ヶ月を要した。1ページから14ページまでは、フットボールの歴史が記されており、初期のカレッジ・チームの写真などが掲載されている。10ページには“フットボールの父”と呼ばれた私、‥‥‥ポール・ラッシュがどんな人物であったかが説明されている。」(井尻俊之氏、白石孝次氏共著『フットボール元年』ベースボール・マガジン社)
印刷所は当時、「東洋一の印刷のデパート」と言われていた創業39年の「共同印刷(株)」です。
50銭の販売価格であったことが分かります。
2.現存の日本で最初の公式規則書について
1936年発行の日本で最初の公式規則書で現存するのは、今のところ3冊です。この3冊は1934年当時、立教大学アメリカンフットボール部部長であり東京學生米式蹴球聯盟理事、戦後は日本アメリカンフットボール協会会長を務めた故小川徳治氏(1905~2001)の遺品を2001年末の整理でいただいたものです。この3冊は現在、国立国会図書館に納本したものと、山梨県清里の日本アメリカンフットボールの殿堂で展示しているものがあり、日本協会競技規則委員会の管理となっています。
3.日本で最初の公式規則書の内容について
(1)公式規則書の全体構成
現在の公式規則書は第1部として「公式規則」、第2部として「公式規則解説」の構成となっており、公式規則に関することのみが掲載されています。しかし、1936年の公式規則書は公式規則に限らず、当時の連盟の活動や組織を紹介する内容も掲載されています。全体の構成は、次の通りです。
1936年 OFFICIAL FOOTBALL RULES 目次
一. 米式蹴球精神
二. 聯盟規約
三. 競技規則目次
四. 競技規則
五. 罰則の適用
六. 正不正なるプレイに關する圖解説明
七. 審判員の信號
八. 東京學生米式蹴球聯盟の歴史
九. リーグ試合記録
十. 役員
十一. 1936年度試合日割
この内容の中で、現在の公式規則書の掲載項目と一致するのは、
一.米式蹴球精神
三.競技規則目次
四.競技規則
五.罰則の適用
七.審判員の信號
です。
(2)米式蹴球精神
下はこの公式規則書の冒頭に記載されている「一.米式蹴球精神」全3頁の最初の頁です。
これは現在の公式規則書の冒頭に記載されている「フットボール綱領(THE FOOTBALL CODE)」に相当するものです。
この画像には「前文」、「ホールディング」の項目が記載されていますが、以下次ページ以降に、「サイドライン・コーチング」、「ビーティング・ザ・ボール」、「對手に話しかけること」、「審判に話しかけること」が載せられており、全体で3頁となっています。
現在の公式規則の「フットボール綱領」の項目の構成は、「前文」、「コーチの倫理」、「相手への話しかけ」、「審判員への話しかけ」、「ホールディング」となっており、順序、構成はやや異なっていますが、記載されている内容は、ほぼ同じです。この1936年版の「米式蹴球精神」は、その発行から80数年経過した現在でも、米国NCAAの公式規則も、それを適用している日本の公式規則も、その内容の骨子は継続されていることがわかります。
(3)公式規則の章立て
また公式規則を定めた部分の「章立て」は、「三.競技規則目次」に記載されており、その内容は、次のようになっています。
競技規則目次
第一章 競技場
第二章 使用球
第三章 定義
第四章 ゲームのスタート
第五章 競技者、交換競技者、及び装具
第六章 キック・オフ
第七章 スクリメーヂ
第八章 フェヤー・キャッチとフリーキック
第九章 得點
第十章 競技者の行為に就いて
第十一章 競技者以外の者の行為に就いて
第十二章 罰則の施行
第一三章 審判員の権限及び義務
1936年度競技規則の改正されたる部分
現在の「アメリカンフットボール公式規則・同解説書」の「公式規則」の章立てや並びに大きな違いはありません。ただ全体的に1936年版の公式規則は、現在の公式規則に比べ、規則全体の規定が簡潔であり、例えば、競技の用語の意味を定めている「定義」を比較すると、
・1936年版は、「条-項目」で整理されており、全体が40条に51項目
・2020-2021版は、「章-条」で整理されており、全体が34章に112条
と分量的に大きな違いがあります。現在の公式規則の方がより複雑になっています。
(4)NCAAの公式規則との関係
この1936年公式規則書は、当時のNCAAの公式規則とどのような関係があるかを調べました。NCAA(本部:インディアナ州インディアナポリス)の本部には、過去のNCAAに関する書籍を管理している図書室があり、ここには、NCAAが発行した過去の公式規則書およびその関連書籍が整理され保存されています(ちなみに、過去の日本の公式規則書の何冊かも並んで書架に置かれています。2004年現在)。
このNCAAの図書室で、1936年に発行された日本の公式規則書とNCAAの関係を調べると以下のことが分かりました。
・日本の1936年版公式規則書の本文は、NCAAの1935年版と同一である。そしてNCAAの1936年公式規則変更は、日本版の73頁の「一九三六年度 競技規則の改正されたる部分」として説明がなされている。変更は4項目であり、この結果、1936年度の日本の公式規則は米国NCAAの同年度の公式規則と同じ規則で競技されていたことが分かる。
・日本版の80頁に掲載されている「正、不正なるプレイに關する圖解説明」は、NCAAの公式規則書でも1932年から1944年まで掲載されたものである。
・日本版の88頁に掲載されている「審判員の信號」は、審判員が蝶ネクタイを着用しているものであるが、これは当時のNCAAの公式規則書で使用されている図である。
このように「一九三六年度 競技規則の改正されたる部分」の追補の規定を考慮すると日本の1936年版は、NCAAの同年版と同期がとられた規定であり、情報伝達環境等、現在とは異なる状況でこのように整理された公式規則を制定し、シーズンに間に合う発行には驚くばかりです。
4.公式規則以外の掲載内容について
この公式規則書には、競技規則以外の事項も記載され、あたかも連盟の活動を紹介する書物となっています。公式規則以外の記載は、以下の項目です。
二.聯盟規約:9章20条からなる本則と5条からなる付則からなる
八.東京學生米式蹴球聯盟の歴史:1934年の連盟設立、最初の日本での公式試合の様子、および加盟大学のチーム集合写真
九.リーグ試合記録:1934年の日本の最初の公式試合のメンバー表を含む1934、1935年度の公式試合の記録
十.役員:会長、理事長、評議員、書記長、書記、会計、競技規則委員会、審判員名簿(アレキサンダー・ジョーヂ少佐始め12名が掲載)
十一.1936年度試合日割:10月24日~11月23日に開催される公式戦の日程表。会場は全て芝公園競技場
「二.聯盟規約」の「附則 第三條 競技規則 第一節」には
「本聯盟主催ノ競技ニ適用スル競技規則ハ本聯盟に於テ制定セルモノニ據ル」
と規定され、この規則が連盟主催試合に適用の公式規則であることが明記されています。
以 上