【近藤祐司のNDJBコラム】魔法の言葉(第二回)


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 アメリカンフットボールのヘッドコーチに最も必要とされる資質のひとつに“ペップトーク”(pep talk)がある。 これは、ヘッドコーチが試合前のロッカールームで行う、勝利への動機づけを行うモチベーションスピーチだ。魂がこもった“ペップトーク”は、選手の試合に対する不安や恐怖を取り除いて潜在能力を発揮させ、チームの連帯感を増長させる“魔法の言葉”となる。

 ノートルダム・レジェンズを率いることとなったルー・ホルツ氏も、カレッジフットボール界では稀代のモチベーションスピーカーとして、その名を轟かせる存在だ。

 ノートルダム大学は、ご存知、全米でも広く知られるトップクラスの難関校だ。その厳格な文武両道のポリシーは今も変わらず、フットボール奨学生にもかなり高い学力が求められることで知られる。限られた選手しかリクルーティング出来ず、戦力的には他校と見劣りするノートルダム大学にとって、ヘッドコーチの“ペップトーク”の能力は歴史的にも成功への大きな鍵となっている。

 ホルツ氏の輝かしい実績は、その“ペップトーク”に大きく起因すると言われる。フットボールの戦術的には至って保守的な同氏だが、率いた6校の大学すべてを2年以内にボウルゲームに出場させ、3年以内にカンファレンスチャンピオンへと導き、NCAA歴代8位の249勝(132敗7分)を積み上げたその実績は、どれも、それまで低迷していたプログラムを“魔法の言葉”によって復活させたものであった。

 1986年に、前年まで低迷していたノートルダム大学のヘッドコーチに就任したホルツ氏は、“魔法の言葉”で選手たちの誇りを取り戻し、瞬く間にチームの潜在能力を開花させた。そして、就任2年目(8勝4敗)にコットンボウルに出場を果たし、3年目(12勝0敗)には、フィエスタボウルでウェストバージニア大を破り、全米チャンピオンへと導くのであった。

 そんなホルツ氏は、“フットボールはサクリファイス(自己犠牲)とモメンタム(勢い)のスポーツだ”だと言い切る。どんなに複雑な戦術よりも、相手に怯まない選手たちの自己犠牲心から生まれるブロッキングとタックリングこそが、チームの目に見えないモメンタムという力になって、勝敗を分けるのだという。 

 そして、ホルツ氏は、試合前、選手たちにロッカールームで決まって次の“魔法の言葉”を語る。

 “相手に倒されても、君たちはLOSER(敗者)ではない。倒されて後に、もう一度立ち上がろうとしない者こそがLOSERなのだ!君たちのこれから先の人生も一緒だ。最後まで絶対にあきらめるな!”と激を飛ばす。すると、覚悟を決めた選手たちは、目に涙をためて勢いよくロッカールームを飛び出し、満員に膨れ上がったフィールドに出陣していくのだ。

 ホルツ氏の口から発せられる言葉は、歴史的に名を残したコーチがすべてそうであるように、フットボールコーチというより、むしろ、教育者であり、哲学者の重みがある。 

 記者会見のために来日していた72歳となったホルツ氏のその鋭い眼差しは、まだまだアメリカンフットボールへの情熱で満ち溢れていた。日本代表は、恐ろしい相手を敵に選んだものだ。

 日本代表チームにとって、ホルツ氏が率いるノートルダム・レジェンズとの試合は、アメリカのアメリカンフットボールの歴史そのものへの挑戦といっても過言ではない。

写真:(c) University of Notre Dame 

<近藤 祐司[こんどう・ゆうじ]プロフィール>

1974年 京都府生まれ
立命館大学パンサーズ時代のアメリカンフットボール日本代表の経験を活かし、独自の視点と感性をベースにした実況は、アメリカンフットボール、野球、ロードレースなど、種目を問わず各局から定評を得ている。7年間の在米経験で得た英語力を武器にした海外取材力は専門記者をも圧倒する。日本では数少ないスポーツ専門のアンカーマン。